lemonlemonlemonのブログ

大腸がんの治療についてこれまで経験してきたこや、日々の日常のことを書きたいと思います。

2001年9月11日のこと③



前回の続きになります。


グロッサリーストアの冷蔵庫は空っぽ。パンやフルーツなどの棚も空っぽ。それでも、ポーランドスプリングスの1ガロンの水を確保しました。


知り合いの安否が気になって、NY在住の知人とともに、ロウアーマンハッタンの様子を見に行く事に。
救急車と消防車、パトカーなどの緊急車両が通れるようにと、一般車両やバスの走行が規制されたので、徒歩で、ツインタワーがある南に向かって歩き始めました。


途中、大勢の人が一台のラジオを囲み、ニュースを聞きながら井戸端会議のように話し込んでいる光景を見ました。


ツインタワー付近からの黒煙が見え、間もなく目にしたのは、南(ロウアーマンハッタン)から北(アッパー)に向かって歩いてくる大勢の人々です。彼らは、頭から全身灰まみれになっていて、魂が抜き取られたような感じで、無言で、呆然として、黙々と北に向かって歩いて来たのです。


私たちはそれに逆らって南に向かっています。
南に向かう人の人数も多く、カメラを持った人が南に向かい、灰まみれの人が北に向かっている、そう、灰まみれの人はツインタワーやその付近から避難してきた人です。
この時の光景、北へ行く人、南へ行く人、路上に集まっている人などの人々の動きが忘れられません。
カメラを持って南に向かっている私たち、瀕死で逃げてきた人と拮抗するように現場に向かうなんて、やはり不謹慎かなと思いつつ、知人を探しに南に歩き続けました。


どういうわけか救急車や消防車などほとんど通らず、いつものマンハッタンの騒音は全くなく、むしろ不自然な静けさ、灰まみれになったバスや一般車両が路上に乗り捨てられていました。


こうして、思い出しながらブログを書いているのですが、この時なぜ救急車や消防車がほとんど通らなかったのか、後になってわかったのです。


そして、ロウアーマンハッタンまで到着。まだ、現場近くまで行くことができましたが、警官が規制線を張ろうとしていて、人々を少しでも現場から遠ざけようとしていました。こういう光景を写真に撮るのも不謹慎だと思い、撮影はしませんでした。


道すがら知人を見つけることも出来なかったのですが、無事に帰っていることを願い、いったん帰ることにしました。
知人はその後無事に帰ってきたのですが、ビルに飛行機が追突する様子を目撃しており、帰ってきたときは放心状態でした。




つづく